ChatGPTは、OpenAIによって開発された大規模な言語モデルです。これは、数兆の単語から学習し、その知識をもとにユーザーの質問や要求にテキストベースで応答することができます。GPT(Generative Pre-trained Transformer)というアーキテクチャをベースにしており、その結果、自然な文章生成や情報提供、物語作成などの多様なタスクをこなすことができます。
このChatGPTは、多岐にわたる質問への回答や文章の生成といったタスクに利用されています。最近、翻訳業界においてもその高度な文章生成能力や文脈理解能力が注目され、翻訳の品質向上やレビューの補助ツールとして活用されるケースが増えてきました。
翻訳者にChatGPTは必要なのか
ChatGPTは新しい技術であるため、このような疑問を抱く翻訳者の方もいらっしゃるでしょう。
- そもそも翻訳者にChatGPTって必要?
絶対に必要です。ご自身で一度、深く考えてみてください。
実務経験を持つ翻訳者であれば、お分かりいただけることでしょう。翻訳のプロセスの中で特に時間と労力を要するのは、「書く」作業よりもむしろ「調べる」作業です。情報を探し出し、正確な訳を導き出すこの段階に、膨大な時間が割かれています。
現代の翻訳の現場において、Web検索を活用しない翻訳者はほとんどいないでしょう。紙の辞書や参考文献のみに頼って情報を探すアプローチでは、Web検索を駆使する翻訳者たちに対して、速度や質の面で競り勝つことは極めて難しいのが現実です。
ここで、ChatGPTの真価が明らかになります。ChatGPTは、「調べる」作業をWeb検索以上に効率的かつ迅速に進めてくれるツールなのです。ChatGPTはまだ発展途上のツールとも言えますが、ポテンシャルは非常に高い。経験の浅い部下のような存在ですが、そのパフォーマンスはあなたの「指示」次第で大きく変わります。
部下が存在するにも関わらず、その能力を活かさず、上司一人で仕事の重責を担うのは、効率的ではないどころか、生産性の点からも合理的とは言えません。ChatGPTはオープンなプラットフォームで、アカウントさえ作成すれば誰でも利用可能です。この「部下」を巧みに活用し、チームの一員として生産性を向上させることができる翻訳者と、一人での作業に固執する翻訳者とでは、成果において大きな差が現れるでしょう。
ChatGPTを翻訳に活用しよう
ChatGPTを翻訳業務に活用する手段はいくつも考えられますが、ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。
1. 自然な訳文にする
翻訳後の文章をChatGPTに提示することで、より自然な表現やリライトの提案を受け取ることができます。これにより、原文に囚われた直訳的な表現を避け、ターゲット言語の読者にとって理解しやすい文章を作成することができます。
2. ガイドラインに沿って訳文を整える
翻訳業務にはしばしばガイドラインが設定されています。例えば、「半角文字と全角文字の間にスペースを入れる」「括弧は半角を使用する」といった細かなルール。これらのルールに従って文章を整える作業は、手動で行うと非常に時間がかかりますが、ChatGPTを使用することで効率的に修正することができます。
3. 誤訳がないかチェックする
ChatGPTを使用すると、翻訳の正確性を確認することができます。ユーザーが提供した翻訳を評価し、必要に応じて修正や提案を行います。これにより、誤訳のリスクを低減させることが可能です。
4. 原文の理解を深める
翻訳業務において、翻訳者が原文の内容を十分に理解できない場合があります。特に専門的な内容や未知の分野に関する文章の場合、正確な翻訳を行うためには深い理解が必要とされます。このような状況下で、ChatGPTを活用することで、原文の内容に関する疑問を解消したり、特定の部分の詳細な説明を求めることができます。さらに、ChatGPTに文章全体の要約を依頼することで、全体的な文脈や重要なポイントを把握しやすくなります。この活用方法により、翻訳者は迅速かつ正確に原文の内容を理解する手助けを受けることができ、その結果として翻訳の品質向上と効率化を実現することができます。
5. 翻訳を丸投げする
…のはやめましょう。
あざらし
ダメ。ゼッタイ?
翻訳は技術だけでなく、アートの一部とも言える作業です(そうあってほしい)。しかし、最新のテクノロジーを駆使すれば、その品質と効率を上げることができるのです。ChatGPTは、翻訳者の新しいパートナーとしてその可能性を広げてくれるでしょう。
ChatGPTではプロンプトがすべて
ChatGPTを翻訳作業に効果的に取り入れるためには、適切なプロンプトの使用が鍵となります。
あざらし
プロンプトってなんぞ
Ken
ChatGPTに出す指示や質問のことだよ
「相対性理論って何ですか?」とか「トマトソースの作り方を教えてください」とか
プロンプトの質や明瞭さがChatGPTの回答の正確性や適切さに大きく影響します。
Gizmodoのこちらの記事によると、ChatGPTを効果的に使用するためには4つの要素、すなわち「指示」「入力」「コンテキスト」「出力」を明確にすることが重要です。
ChatGPTを翻訳作業に効果的に取り入れるために、上記の記事を参考に私が作った具体的なプロンプト例をご紹介します。これらは私が実際に使っているものです。ぜひ活用して、翻訳作業の効率化や品質向上を図ってください。
1. 自然な訳文にしてもらうプロンプト
訳文を自然な文章にしてもらいたいときに、実際に私が使っているプロンプトです。
## Instruction ##
## Input ## の翻訳を自然な文章にしてください。
## Input ##
原文: [原文を入力]
訳文: [翻訳を入力]
## Context ##
1. ## Input ## は○○○の翻訳です。
2. [URLを入力]を参考にしてください。
3. 翻訳者は必ずしも○○○を完全に理解しているわけではないので、理解不足による直訳や低品質な訳がある場合があります。
## Output ##
修正が必要な場合は、原文、元の訳文、修正後の訳文、説明の順に記載してください。
2. ガイドラインに沿って訳文を整えてもらうプロンプト
ガイドラインに沿って訳文を整えてもらいたいときに、実際に私が使っているプロンプトです。
## Instruction ##
1. ## Input ## のガイドラインに従って、## Input ## の訳文を調整してください。
2. ガイドラインに従った修正以外では訳文の内容を変更しないでください。
## Input ##
訳文: [訳文を入力]
ガイドライン: [ガイドラインを入力]
## Output ##
ガイドラインに従って修正された訳文を出力してください。
3. 誤訳がないかチェックしてもらうプロンプト
誤訳がないかチェックしてもらいたいときに、実際に私が使っているプロンプトです。
## Instruction ##
1. ## Input ## の訳文に誤訳、訳抜け、数字等の転記ミスがないかレビューしてください。
2. 読者があきらかに誤解する場合を除き、表現の改善や読みやすさの向上のための修正は必要ありません。
## Input ##
原文: [原文を入力]
訳文: [翻訳を入力]
## Context ##
1. ## Input ## は○○○の翻訳です。
2. [URLを入力]を参考にしてください。
3. 翻訳者は必ずしも○○○を完全に理解しているわけではないので、理解不足による直訳や低品質な訳がある場合があります。
## Output ##
修正が必要な場合は、原文、元の訳文、修正後の訳文、説明の順に記載してください。
4. 原文の理解を助けてもらうプロンプト
原文を理解できないときに、実際に私が使っているプロンプトです。
## Instruction ##
## Input ## の内容を理解できません。専門家ではない人でもわかるように日本語で説明してください。
## Input ##
[原文を入力]
## Context ##
1. ## Input ## は○○○に関する文書です。
2. [URLを入力]を参考にしてください。
## Output ##
[文字数を入力]文字以内に簡潔にまとめてください。
5. 翻訳を丸投げするプロンプト
最後に直球。まるっと翻訳してもらいましょう。
あざらし
やめれ
## Instruction ##
## Input ## を[言語を入力]に翻訳してください。
## Input ##
[原文を入力]
## Context ##
1. ## Input ## は○○○に関する文書です。
2. [URLを入力]を参考にしてください。
## Output ##
原文の構成を崩すことなく訳文を出力してください。
このようなプロンプトを使うことで、ChatGPTを翻訳のアシスタントとして効果的に活用する道が開かれます。翻訳者の皆さん、ぜひこの機会にChatGPTの可能性を探求してみてください。
ただし過信は禁物
ChatGPTは、先進的な言語モデルであり、数多くの言語タスクに対して高いパフォーマンスを発揮します。特に、多様な情報の取り扱いや流暢な文章の生成においてはその能力を発揮します。しかし、その高い能力故に過信してしまいがちです。
信憑性の誤認
ChatGPTの出力する文章はあまりにも流ちょうなため、読む者はその内容が正確であると感じてしまうことがあります。しかし、実際には必ずしも正確な情報を提供しているわけではありません。特に翻訳の際には、文脈の違いや言語特有のニュアンスを正確に掴むことが難しく、誤訳のリスクがあります。
ChatGPTの幻覚(hallucination)に関する問題は、AIが事実とは異なる情報を生成する傾向を指しています。この問題は特に、GPT-4、ChatGPTの最新バージョンで顕著であり、解決されていない重要な問題とされています。例えば、ChatGPTに「レオナルド・ダ・ヴィンチはいつモナリザを描いたのか?」と尋ねると、「レオナルド・ダ・ヴィンチは1815年にモナリザを描いた」と誤った回答を生成することが報告されています。実際には、モナリザは1503年から1506年、または1517年までに描かれたとされています。
幻覚は、ChatGPTが嘘や事実と異なる情報を生成することを意味し、これにはもっともらしいウソ(事実とは異なる内容や文脈と無関係な内容)の出力が含まれます。また、「負の幻覚(negative hallucination)」という概念もあり、これはChatGPTが特定の情報を提供しないことを指します。例として、特定の情報が意図的に排除される可能性があります。
これらの情報はChatGPTの利用者にとって重要な課題となり、特に事実確認が必要な場合や誤った情報が提供される可能性がある場合には注意が必要です。また、これらの問題はChatGPTの開発者にとっても重要で、幻覚問題の解決が求められています。
結果の不安定性
また、ChatGPTは同じプロンプトに対して毎回違う答えを返すことがあります。中には真逆の回答が返ってくることすらあるため、盲信せず出力を確認することが必要です。
適切なスタンス
ChatGPTを利用する際の最良のアプローチは、ポテンシャルの高い部下としてのスタンスを持つことです。彼らは能力は高いが、経験が浅い部下のようなもの。それゆえ、明確かつ適切な指示を与え、その出力をきちんと確認・評価することが求められます。
まとめ
ChatGPTは非常に高い能力を持つツールですが、その出力を盲信するのは危険です。特に翻訳タスクにおいては、文脈やニュアンスを正確に伝えるのは難しく、ユーザー自身が出力を確認し、必要に応じて修正することが重要です。最終的には、ChatGPTはあくまでツールの一つであり、最終的な判断はユーザー自身が行うべきです。
注意:NDAとの関係について
翻訳作業を効率的に進めるためのツールとして、ChatGPTのようなオンラインサービスの活用は非常に魅力的です。しかし、業務の中で取り扱う情報の中には、クライアントや企業の機密情報が含まれている場合があります。
多くの場合、翻訳者はNDA(秘密保持契約)に署名しています。この契約は、翻訳者が取り扱う情報を第三者に公開しないことを保証するものであり、原文や訳文をChatGPTのようなオンラインサービスに入力する行為も、この契約に違反する可能性があります。
実際に、多くのクライアントや企業は、そのようなオンラインサービスの利用を禁止していることがあります。そのため、ChatGPTを利用する前に、必ずNDAや契約内容を確認し、情報の取り扱いについて十分に注意するようにしましょう。安易な情報の取り扱いが、あなたのキャリアや信頼性を損なうことがないよう、常に慎重な判断が求められます。
あざらし
いい翻訳のためでも、約束は破っちゃだめ
Ken
ゼッタイ